モモとの出会い

私が「モモ」と最初に出会ったのは兄の部屋でした。まだ兄が生きていて、私が兄の部屋の片づけや掃除の手伝いをしていた時に手に取った本でした。

「モモ」の表紙を見たときなんとなく、その可愛らしい挿絵に、兄らしいな、私はそんな風に思ったのでした。

二回目の出会いは、闘病中の兄が母の家に一緒に住むようになったころ、兄が手元に置いていた「モモ」でした。

三回目は兄が亡くなった後、母が持っていた「モモ」でした。兄は時々母のために朗読をして聞かせていたというのです。

私は兄が亡くなったあとに、兄を追いかけるように「モモ」を読みました。

そこには静かな生きた時間と穏やかで確かな幸せと「命の花」の存在がありました。

「モモ」はそれらが奪われ、そして取り戻していく物語でした。

私ができることで、誰かの静かな生きた時間と穏やかで確かな幸せを手に入れる手助けがしたい、そう思いました。

私は最近2拠点生活を始めるにあたって、かつての恩師に会いました。

手作りの家の木の匂い、かまどのすすの匂い、奥様の手作りのケーキと温かい紅茶、帰り際に顔を出して見送ってくれる小さな可愛い子供たちの笑顔。20年以上たっても忘れられない光景です。彼らは田舎で自給自足して暮らす家族でした。

「モモ」の話をしたところ、先生は「その本当の意味を知っている?」と尋ねられました。

実は「モモ」は「時間」ではなく「お金」の話をしているんだよ。

灰色の男たちは〇〇のことなんだよ。

まさに、今のこの世界、この戦争につながる話でもあるね、と。

私は早速、「エンデの遺言」を取り寄せて読むことにしました。

モモとの出会いは、また新たな段階へと進み始めました。